2008年01月08日

実例から学ぶグローバル治験―改善に向けた取り組みと課題

実例から学ぶグローバル治験―改善に向けた取り組みと課題

参考図書です。
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2008年01月02日

●治験のあり方を考える(8)最近の治験活性化活動

昨年、「新たな治験活性化5ヵ年計画」が公表された。
また、厚生労働省のその他の活動としても「治験のあり方検討会」「有効で安全な医薬品を迅速に提供するための検討会」などがある。

これらの成果としていくつかのことが既に現れてきた。

例えば「治験拠点病院」「治験中核病院」が選定され、その期待される機能が特定され、実際に活動が始まった。

必須文書が見直され、整理統合された。

治験の依頼等に係る書式が統一された。( http://www.jmacct.med.or.jp/plan/format.html )

GCPが改正され、外部IRBを普通に利用できるようになった。

治験、臨床試験のデータベースを検索できるサイトがリリースされた。( http://rctportal.niph.go.jp/ )

多くの所で国際共同治験に関するセミナーや講演会が開催された。

・・・・・・etc

これらのことをまず評価しよう。
決して、十分に満足できるわけではないが、それでも前進は前進だ。
そして、自分でできることを考えよう。
僕ができることは、一人でも多くの優秀なモニターを育てることだ。

あなたにできることは何ですか?


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2008年01月01日

●治験のあり方を考える(8)オーバークォリティー問題を考える

●治験のあり方を考える(8)オーバークォリティー問題を考える

昨年、治験業界の界隈で話題になったこととして「オーバークォリティー」がある。
これは「え!そこまでやるの?」的、書類上の問題だ。
CRFへの医師のコメントの過剰なまでの求め方や治験関連の書類、必須文書関連の書類の残し方などを過剰にすることを一般的に指している。

この現象を当局は「オーバーリアクション」ではないかと言ったが、まさしく、そのとおりだ。

では、その「オーバーリアクション」の原因はどこあるのか?


そもそもこの「オーバーリアクション」としての「オーバークォリティー」はどのようにして発生するのか?

まず、書面調査、実地調査が行われる。
そこで当局の調査官が単純な疑問、感想を述べることがある。
それに対して申請者(=治験依頼者)が、過剰に反応して(オーバーリアクション)、「すわ、これは大変だ!こんなことまで調査で要求されるぞ!」と安直に反応してしまう。
すると、「今度から、この記録もこういうふうに残しておかないといけない。あの書類も、この書類も全部残しておこう!」などとなってしまう(オーバークォリティー)。

そして、この話が業界の「信頼性調査報告会」などで報告され、それが背景などもほとんど考えずに、どういう流れで調査官が発言したのか、ということにもおかまいなしに、業界全体に広まる。
こうなると、どこの製薬会社(CRO含む)も「あの会社が受けた調査でここまで調査官が調べたらしいから、医師にはここまでコメントを書いてもらわないといけない。」と連鎖反応的にオーバークォリティーが始まる。

この現象の原因は「自分で考えない」「お上が言うことが全てだ」的な治験依頼者の態度にある。
だから、逆に病院側の対応で疑問点が有っても「前回の当局の調査では何も指摘されませんでした」と言われると、そのまま鵜呑みにするという現象も起こる。

これらの現象を止めるためには、まず「自分で考える」というビジネスの基本に戻りことだ。
GCPだって、常識の範囲内で出来ているのだから、当局のおかしな質問に対しては「それはおかしい」ときちんと言うべきなのだ。

そこから始めようではないか。



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2007年12月27日

●治験のあり方を考える(6)日本の治験の促進方法(4)

僕が治験を行う医師に求めているのは『「新薬を世の中に出す」ことにモチベーションを感じて没頭してもらう』ことだが、そうなると、「なんだよ!製薬会社は金儲けするために治験をやっているのに、医師のほうにだけそんなことを求めるのか?!」と突っ込まれること、間違いない。

もちろん、僕は治験依頼者である製薬会社にも同様のことを求める。
と言うか、実は製薬会社の開発を担当している人は、それぐらい(没頭するぐらい)でないと治験を成功に導けない。

新薬を開発するということは、それだけ難儀なことなのだ。(少なくとも僕は経験上、そう断言する。)

結局、日本の治験を促進する方法は厚生労働省などのお上頼りになるのではなく(もちろん、行政指導のほうがうまくいくのもあるが)、治験に関与している人のどれだけのひとが「その治験」に没頭しているか、そして日本の治験環境を良くしたいと自らの頭で考えているかにかかっていると思うのだ。
日本の治験がどうなったら「良い治験環境」と言えるのかは、それはもうひとえに創薬ボランティアの人権、安全、福祉の保護のもとに、治験の科学的な質と成績の信頼性を確保しつつ、スピードも遅くないということ。

海外との時間差も無く、画期的な新薬が日本で使えるようになる、そんな日本の医療現場を支えるために新開発ができるようになること、そんな環境が「より良い治験環境」と言えるのではないだろうか。
そんな環境になるにはどうしたらいいのか、それをガンガンと知恵と行動力で試していく、それが僕の理想とする「治験のあり方にまつわる個人のあり方」だ。

あなたが、考えていることは(多分)正しい。だから、まずは怖れることなく、試してみよう!


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●治験のあり方を考える(5)日本の治験の促進方法(3)

「治験の意義」はもちろん、新薬を世の中に出すためのデータ収集である(安全性も含めて)。
治験の意義は、この一点につきる。(ただし、「治験“参加”の意義」は患者個人、一人ひとりによって違ってくるだろう。それはそれで無論、問題無い。)
この治験の意義を理解して頂くことが医師側にも患者側にも必要だ。

思うに医師が治験に積極的になって頂くためのインセンティブ、モチベーションはこの「新薬を世の中に出す」ことに没頭して頂くということしか、結局、ないのではないだろうか。
「金銭のために」治験をやってもらう医師の気持ちも否定はしないが、それは「危うい」かつ「脆い」インセンティブだ。
金銭のために治験のデータを捏造するなんてことは絶対にやってはいけないことだ。そんなことにもなりかねない。
それよりも「新薬を世の中に出す」ことにモチベーションを感じて没頭してもらったほうが健全だ。

ところでデータ捏造で思い出したが、製薬会社のひとたちは「マスコミによる治験のダーティーなイメージ作り」を口にすることがあるが、これは恥ずかしいことなのでやめよう!(自戒も込めて。)
何故、恥ずかしいかというと「マスコミによる治験のイメージ」以上のことを製薬業界はやっていませんよ、と宣伝しているようなものだからだ。そして、それは残念ながら事実だ。
もし、マスコミによる治験のネガティブなイメージが治験の促進に本当に影響していると思うなら、マスコミ以上に製薬業界は治験の意義を正しく伝えるよう努力するべきなのだ。


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●治験のあり方を考える(4)日本の治験の促進方法(2)

治験が開始される場面は、まず医師が患者に治験に参加する意思がないか、打診するところから始まる。
だから、どれだけ医師が患者に治験参加について打診したか、に治験促進はかかっている(と言うことは、医師と患者の間に立つCRCにも最終的には治験促進はかかっている)。


日本において治験が進まない理由のひとつとして「治験を行う医師にインセンティブが無い」ことがあげられている。
たとえば、治験に関連した論文は学術的意義が低いとか、苦労の割には金銭的に報われない(特に公務委員の場合)、日常診療が忙しすぎるなどなどの理由だ。


また、患者側としても「治験に参加する意義」がほとんど感じられないということもある。
ただし、実際に治験に参加した患者のアンケート結果によれば、実際に治験に参加して良かった、という答えが多い。
その理由は「社会に役立つから」とか「診察時間が長く、濃くなったから」などがある。
とは言っても、患者全体(僕を含めて)から見れば、これらの意見はまだ少数意見であろう。



逆に「何故、治験に参加しないのか」というアンケート結果からは「不安だから」が圧倒的に多い。
確かに不安だ。
既に治療薬がほかに有るのなら、なにもわざわざ効果や安全性のデータが少ない治験薬を使って欲しくない、と思うのは患者としては当然だろう。

そこで、医師に対しても患者に対しても参加しなくてもいい当然の状況を乗り越えてもらうためには「治験の意義」への理解が何と言っても重要となる。

もちろん、治験の意義に理解を示されたからといって患者には治験に参加する義務が生じない。
しかし、治験への理解無しに治験参加の意義を見出すことは、今のところ少ない。(他に治療薬が無いなら話は別だが。)

それでは「治験の意義」とは何であろうか?


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●治験のあり方を考える(4)日本の治験の促進方法

各製薬会社、治験依頼者は少しでも治験を促進させるために様々な方法をこれまでにも取っている。
例えば、新聞や折込広告、インターネットのウェブサイトなどに「創薬ボランティア募集」の案内を出す。
これは僕の経験から言って、それなりの効果がある(と言っても、あくまでも「それなり」であり「絶大な」効果ではない)。

治験実施医療機関、病院、クリニックでは院内で「創薬ボランティア募集」のポスターを貼ったり、自分のところのウェブサイトに募集案内を出してもいる。
これも、それなりの効果がある。

いずれも「それなりの効果」なのだが、では、「絶大な効果」が出る方法が有るのだろうか?

はっきり言って、決定打は無い。
何故なら、治験の進みが遅いという現象の原因が複雑に絡み合いながら数多くあるからだ。

でも、治験の促進に直接的な影響を及ぼす因子は2つに絞られる。
それは「患者」と「医師」だ。
治験はこの2つの因子が相互に絡み合いながら進んでいく。
治験が開始される場面は、まず医師が患者に治験に参加する意思がないか、打診するところから始まる。


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●治験のあり方を考える(3)日本が国際共同治験に参画できるようになるには?

この現状をどう乗り越えるか?

製薬会社が日本で率先して治験を行うようになるにはどうしたらいいのだろうか?
それは、もちろん、それだけのメリットが日本の治験実施に有ればいいのだ。

製薬企業における治験の課題は1.スピード、2.コストだ。
コストはもちろん安いに越したことはないのだが、もしスピード(治験の進行速度)がそれなりに速いのであれば、コストはそれほど気にしない。(製薬会社にとっては「お金」より「時間」が大切なのだ。)

だから、アメリカやヨーロッパやアジアの諸国で治験をやるよりも、日本で治験を行うほうが、圧倒的に速いのであれば、なんの文句も無く世界同時開発や国際共同治験などと言わず、日本先発治験も厭わないだろう。(なにしろ、日本は医薬品市場では世界で2番目の国なのだから。)
そこでいち早く新薬が承認されたら、それはそれは製薬会社にはとてもメリット大なのだ。

今の日本ではとにかく治験の進行が遅い!! 日本の治験の課題はこれにつきる。

安全にそして速く治験が進む方法を考えてみよう。



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●治験のあり方を考える(2)新薬の世界同時開発を考える

ところで、このように海外で治験を先行させ、もしその結果が良ければ日本国内で治験を開始する、というやり方は海外諸国から非難の対象になることも考えられる。
つまり、「危ない」治験を海外の人で試して、もし安全で有効なら日本国内で治験をやるということはいつもの「いいとこどりの日本」ではないか、という非難だ。

この非難に対して説得力のある「言い訳」は存在しない。(たとえ、国内企業に「そんな意図」がなかったとしても、だ。)

そんなことも含めて世界同時開発、国際共同治験を進めるべきだという考え方もある。
しかし、いずれにしても世界同時開発や国際共同治験が進むかどうかは、その結果コスト的にもリスク的にもリーズナブルであり、十分に
見返りが企業に期待できるかどうか、という市場原理に左右されることだろう。(僕はそう思っている。)

ただ、大義名分的に「我が社はリスクを冒してでも、国際共同治験を推進する、それこそが製薬会社の使命だ」という売り文句は使える。
もちろん、心の底からそう思って、国際共同治験、世界同時開発を推進している会社も無いわけではない。

ここで、一般市民(特に患者)にたって、新薬の世界同時開発を考えてみよう。

最近、「ドラッグラグ」という言葉が製薬業界で使われ始めた。
ドラッグラグとは、海外では新薬が使われているのに日本ではまだ承認されておらずその新薬が使われていない状況を指す。
例えばアメリカで標準的に使用されている抗がん剤が、日本ではまだ承認されておらず、がん患者に使用できない、という悲惨な状況だ。

このドラッグラグを解消する方法として、一般的に「世界同時開発」(国際共同治験)が推奨されている。
(もちろん、世界同時開発よりいいのは、「日本先発開発」なのだが。)

ところで、本当に「世界同時開発」(国際共同治験)が進めば、ドラッグラグが解消するのだろうか?
実は、そうは簡単にはいかない、というのが僕の考えだ。

たとえ、世界同時開発(国際共同治験)で新薬の開発を行ったとしても、今の日本では明らかに海外よりも治験の進み方が遅い。
つまり、日本人のデータ集積が遅いのだ。
そうなると、結局、日本の治験の終了を待たずに海外の治験が終了した時点で海外では承認申請され、結局、日本の新薬の承認は海外よりも遅くいまま、というのが僕の予想だ。


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治験のあり方を考える(1)

治験はどうあるべきなのだろうか?

まず、治験に参加していない一般的な患者(つまり、普通のひと全て)にとって、治験は「新薬開発の場」であり、とにかく、早く画期的な新薬を世の中に出して欲しいと思うものだ。
なにしろ、僕だって、いつ抗がん剤のお世話になるか分からない。

あるいは、僕の家族、あなたの恋人が難病になるかもしれない。
そんな時に、治療薬が有って欲しい。

そのためには、まず「画期的な新薬の卵」が必要なのだが、もしそれが有ったとしても、日本での開発が海外よりも遅れていたら、僕なら怒る。
例えばアメリカでその画期的な新薬の開発が先行していて、もう来月には承認され、臨床の現場で使われるというときに、日本ではまだ開発の予定は無いとか、今、準備中だとか、来年には治験が終わるだろうとか、とにかく、日本以外のところで利用されている薬が日本で(しかも自分の家族や自分自身や恋人、友人など)まだ使われないとなったら、怒る。同時にがっくりくる。

じゃ、日本でも早く治験をやってよ。せめて、アメリカで開始すると同時に日本でも開始してよ、と思うのだが、ここに製薬企業の営利企業としての市場原理が働く。

新薬開発に関わる膨大なコストをできるだけ早く回収したいと思ったら、まずは日本より治験が早く進むアメリカなどを開発の最初の場所として選ぶ。

ここで、一般市民の方は、日本での治験の進み方が遅いのなら、まずは日本から始めるんじゃないの?と思う。
その感想は正しい。

じゃ、何故、製薬会社はまずアメリカだけで治験を始めるのか?
それは、開発が途中で頓挫する可能性もあるからだ。
もし、途中で開発が頓挫するなら、日本や世界各国で同時に開発をするのはリスクが大きすぎる。

アメリカで治験を最初にやるのは、だからパイロット的な意味もあるのだ。
アメリカでうまくいったら、日本でも、というのが製薬会社の正直な気持ちだろう。


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